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HISTORYひと目で分かる田中組の歴史

始まりは宮大工

トンカチの勘三郎の
DNA

トンカチの勘三郎のイラスト トンカチの勘三郎のイラスト トンカチの勘三郎のイラスト

田中家において家業としての大工を始めた人物、
八五郎の実子・勘三郎はその跡を継ぎ、同様に大工として身を立てました。
勘三郎にはいくつも逸話が残っており、その一つに「トンカチの勘三郎」がある。
勘三郎は根っからの職人気質を持ち合わせていたらしく、
お抱えの職人の仕事ぶりが気に入らないと
翌朝の見回りの際、無言でトンカチを振り上げ叩き壊したそうです。
仕事の出来にとことんこだわり抜き、納得の行くまでつきつめる
いかにも頑固なDNAが、今の田中組にも受け継がれています。

田中組の創立と沿革

大工という家業から田中組へ

1931

昭和6年

田中組創立

父・勘三郎の仕事を受け継ぎ、大工の棟梁であった田中栄八郎が田中組を創立しました。
赤井外科病院や新潟倉庫、堀商店、高橋染物工場など次々と請け負いました。また、白山神社においても宮大工としての腕をふるっていました。

新潟の建設会社 田中勘三郎と田中栄八郎のイラスト

受け継ぐDNAこぼれ話

1930 昭和恐慌

昭和恐怖が暗い影を落とす中、財産家が景気回復のために賃貸住宅を多く建築していました。当時は「個人宅お抱えの大工」だった田中組でしたが、その域を超え、これらの工事を当時から請負競争受注していました。

金融恐慌で預金引き出しに長蛇の列

金融恐慌で預金引き出しに長蛇の列

1950

昭和25年

公共工事受注開始

白山高校(現在の市立高志高等学校の前身)の教室整備工事を当社初の公共工事として請け負いました。

1952

昭和27年1月28日

株式会社田中組設立

資本金3,000,000円で株式会社に組織変更。県庁の「小仕事」も1つ1つ誠実に取り組む真面目さや手堅さが評判となり、工事を多く請け負う大きな会社への成長につながりました。

受け継ぐDNAこぼれ話

白山神社の木造灯篭製作

どのような仕事にも懸命に真面目さを持って取り組む姿勢が、吉田組の吉田平吉(白山神社の氏子総代)の目に留まり、奉納する木造灯篭製作を任されました。

白山神社の様子

白山神社の様子

1959

昭和34年

RC造工事の受注開始

木造建築が中心であった当時、新潟大災がきっかけで新潟市内においても鉄筋コンクリート製建物(RC造)への切り替えが進みました。
全国で施工2番目となる大型RC工事の大畑小学校の新築工事をきっかけに大型物件の受注にも繋がりました。

新潟大火の様子

新潟大火の様子

大畑小学校建設工事の様子

大畑小学校建設工事の様子

受け継ぐDNAこぼれ話

大規模な校舎の建設工事

昭和30年代前半には潟東村の木造小学校校舎建築工事も行いました。この地域は沼地で非常に軟弱な地盤だったため、栄八郎は基礎杭の打ち増しを提案。工事完了後、打ちましの代金を断固として受け取らずその頑なさと仕事に対しての責任感、現場における的確な判断力が村議会で評判となり、潟東村において語り継がれています。

同時期に手掛けた工事
  • 1959年
    燕南小学校建設工事
  • 1960年
    関川村関川中学校図書館工事
  • 1961年
    関川中学校の木造から
    RC造への建て替え工事

1961

資本金を5,000,000円に増資

受け継ぐDNAこぼれ話

昭和30年代 帰還船

昭和30年代後半〜40年代初め、日本赤十字社による北朝鮮への帰還事業が始まり帰還者が日本全国から新潟へ集結、帰還船の滞在場所として何百人も収容できる仮宿泊所を現在の新潟空港内に田中組が建設しました。

帰還船の様子

1963

昭和38年

資本金を10,500,000円に増資

1966

昭和41年

資本金を25,000,000円に増資

1967

昭和42年

資本金を40,483,500円に増資

お客様第一主義

1985

昭和60年

代表取締役に
田中康一が就任

公共工事の受注を重ねていた田中組はこれまで以上に民間工事にも取り組み地域のお客様の不動産の有効活用にも多く貢献するようになりました。

民間工事にも取り組み、様々な業種を受注

2002

平成14年

ISO9001認証取得

2011

平成26年

代表取締役に
田中康太郎が就任

「信頼と技術力」を武器に、数多くの請け負った「地域貢献」の実績を重ね、新潟で生活している方々のひとりひとりに寄り添って多様なご希望を個々に実現させていただくという徹底した「お客様第一主義」を目指しています。

2017

平成29年

本社屋移転

株式会社田中組の本社パース

2017年、田中組の本社は移転しました。
この新潟という地域に貢献していくため、また一緒に働くスタッフの環境を考え、次世代につなぐ会社としての基盤を固めていきます。

本社屋の紹介

2020

令和2年

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